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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1181号 判決 1980年10月29日

控訴人 水落節雄

右訴訟代理人弁護士 鈴木義俊

被控訴人 藤沢市

右代表者市長 葉山峻

右訴訟代理人弁護士 瀬高真成

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金一六九〇万円及びこれに対する昭和五一年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決七枚目裏一〇行目に「尊守」とあるのを「遵守」と改める。)。

(主張)

1  控訴代理人

本件事故当時中学一年生であった控訴人や訴外大江基治らに物事の危険の有無について相当の弁別能力が備わっていたものといえるかは極めて疑問であり、仮に右が肯定されるとしても、本件スリッパ投げは一般に容認される遊戯ではなく、危険発生が容易に予見されるものとして強く禁止されるべき遊戯であったのであるから、これが行われていることを現認した本件佐藤、後藤両教諭としては、当該生徒に右遊戯を中止させ、以後これを行う者がないよう万全の措置を講ずべき注意義務を負うものであって、当該生徒ないし学級生徒全員に対し単にこれを行わないよう適当な方法で注意を与えるだけでは足りないものというべきである。したがって、後藤教諭の場合には、少なくともまず学級担当の佐藤教諭に連絡をとるべきであったのであり、かくすれば佐藤教諭において本件事故の発生を防止するに適切な措置をとることが期待できたはずであって、後藤教諭には、右連絡をとらなかった点においても過失が肯定されるべきである。また、佐藤教諭については、既に昭和四七年七月ころ及び同年九月ころの二回にわたり右遊戯の現場を目撃し、口頭注意を与えたことがあるのに、なおも右注意が遵守されず、昭和四八年二月にも右遊戯をしている生徒があるのを目撃したのであるから、この段階においても依然として口頭注意を繰り返すのみでは、右遊戯を止めさせるために必要な措置をとったとはいえないことが明らかである。この場合、その場で注意を与えるにとどまらず、当該生徒を校内に設けられた相談室に呼んで十分指導するとともに、もはや自己の手に負えないときは、学年主任教諭に相談し、学年としての事故防止措置を協議すべきであったのであり、かくすれば学年的、更には全校的立場で防止措置が講ぜられ、本件事故の発生を未然に防止できたはずであって、右のような措置をとらなかった点において佐藤教諭に過失があることは明白である。

本件は、正に右両教諭、特に佐藤教諭の監督義務者としての上記義務違反と未成年者である訴外大江基治の不法行為(又は責任能力なき加害行為)によって傷害の結果が生じ、右義務違反と結果との間に相当因果関係があると認むべき場合にほかならない。

2  被控訴代理人

控訴代理人の右主張は争う。

仮に、佐藤、後藤両教諭が、本件事故以前に生徒がスリッパ投げ遊戯をしている現場を目撃したことがあるとするならば、右両教諭は遊戯の現場で当該生徒に対し、また教室で第一学年七組の生徒全員に対し右遊戯を止めるよう口頭で繰り返し注意を与えており、本件において右両教諭に要求される注意義務は右口頭注意の繰返しをもって十分に尽くされているというべきである。すなわち、生徒間の遊戯に関し教師に危険防止のための指導上の注意義務が課せられるとすれば、その内容は、当該遊戯における危険発生の可能性の度合との関係で定まると解されるところ、遊戯していた控訴人、訴外大江基治他二名の生徒に他への加害の意思など全くなかったこと、スリッパの投げ方によっては仲間が傷害を負う可能性も相当程度存在することは当然わかっていたはずであるから、右四名としても危険が発生しないように気を付けて遊んでいたと考えられること、スリッパを仲間走投げ合う場合においても、相互に命中しないように避け合うことが遊戯の内容となっていたことなどからすれば、本件スリッパ投げ遊戯における危険発生の可能性なるものは、本来、著しく小さいといえるのであり、このことと遊戯者が相当の弁別能力を備えた中学生であることを考慮すれば、教師としては前記のような口頭注意を繰り返すことで注意義務を尽くしているものと解すべきである。佐藤、後藤両教諭としては、本件遊戯が、スリッパ棚と第一学年七組及び他の学級の教室との位置関係からみて学年的に広く行われていることはなく、また当該生徒を相談室に呼んで指導するのを適当とするような非行性を帯びる性質のものではないので、学級全員を対象に指導するのが効果的であると判断し、学級を対象として口頭による注意を繰り返すことと、これにより生まれる生徒の自主的判断とが相俟って本件遊戯が止むことを期待したものであり、それ以上に、控訴人主張のように、学年ないし学校全体として問題を取り上げることや、当該生徒を相談室において指導するような特別の措置をとらなかったからといって、右両教諭に事故防止措置を怠った過失があるとは解されない。

(証拠)《省略》

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものと判断するものであって、その理由は、次のとおり補正・附加するほかは、原判決の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。

1  原判決一一枚目裏九行目の「そのため」から同一二枚目表一〇行目末尾までを「場合によっては生徒が傷害を負う可能性も否定しえないではないのであるから、これを発見した教師としては、当該生徒に対し右遊戯を中止させ、以後これを行わないよう適当な方法で注意を与えなければならないことはいうまでもなく、本件において佐藤、後藤両教諭が当該生徒及び第一学年七組の生徒全員に対し、右遊戯を止めるよう口頭で注意を繰り返したことは前認定のとおりである。控訴人は、本件スリッパ投げ遊戯の危険性に徴し、右遊戯を現認した右両教諭としては、以後これを行う者がないよう万全の措置を講ずべき注意義務を負うものであって、単にこれを行わないよう生徒に適当な方法で注意を与えるだけでは足りず、特に佐藤教諭については、既に二回口頭注意を与えたことがあるのに、なおも右注意が遵守されず、昭和四八年二月にも右遊戯が行われているのを目撃したのであるから、この段階においても依然として口頭注意を繰り返すのみでは足りないことが明らかであると主張して、右両教諭のとるべきであった危険防止の措置を列挙するが、本件スリッパ投げ遊戯は、前判示のとおり危険発生の可能性が否定しえないではないにしても、その方法、態様に照らし、右可能性も必ずしも大きいものとは解されないこと、右遊戯を行っていた者が心身の発育により物事の危険の有無や回避の仕方について相当の弁別能力が備わっていると認められる中学生であり、同人らとしてもスリッパが本来遊具に供すべきものではなく、右遊戯が本来行ってはならない類のものであることはもちろん、危険発生の可能性もあることを承知していたはずであると考えられることなどにかんがみると、右両教諭において当該生徒ないし第一学年七組の生徒全員に対し、口頭による注意を与え、あるいはこれを繰り返すことによって、生徒の反省を促し、その自主的判断により右遊戯が止むことを期待し、それ以上に控訴人主張のような措置をとらなかったとしても、これをもって本件事故発生につき過失があるとまでいうことはできず、このことは、昭和四八年二月の時点において佐藤教諭がとった態度につても同様というべきである。控訴人の挙げる危険防止の措置のうち、上司同僚、学年主任等に報告、相談して学年的、全校的立場で防止措置を講ずべきであったとの点については、右に説示したところのほか、《証拠省略》によれば、本件スリッパが収納されている棚の付近には学級の教室としては第一学年七組しか配置されておらず、他の学級の生徒が右遊戯を行うことはまず考えられない状況にあり、現にこれを行っていたのは第一学年七組の生徒に限られていたことが認められるのであるから、前記両教諭に右のような措置を講ずべきことが要求されるものとは認め難い。原審証人宮田昭治の証言は以上のように判断するについて何ら妨げとなるものではなく、他に以上の判断を覆して前記両教諭に本件事故発生につき過失があった旨の控訴人の主張を肯認すべき証拠はない。」と改める。

2  原判決一二枚目表末行に「また、」とある次に「右スリッパは前判示のとおりビニール製のごく一般に用いられる形状のものであり、それ自体危険性を帯有するようなものではないし、《証拠省略》によれば、右スリッパを収納する棚には収納具として通常具有すべき機能に欠けるところはなく、その設置場所を特に不適当とするような状況もないことが認められるから、右スリッパ棚について、」と加える。

二  よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林信次 裁判官 浦野雄幸 河本誠之)

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